宇宙大のなんやかや

宇宙大のなんやかや

彼と此をてんやわんやで考える。

仕事はサボらず、食う寝る遊ぶをサボるとヤバイ。

ダメな真面目くんは、「仕事以外」をサボる?

サボり。
怖いですよねぇ、サボり。
いい意味で使われることがないですよね。
そもそもの意味はこんな感じらしいです。
→[sabotage(サボタージュ):損害、怠業、妨害行為]

自分もそうですが、多くの人は「何かを犠牲にしてでも、仕事はサボっちゃいかん」という考えで生きていると思います。

自分もそんな感じです。
ただ、これが過剰になるとイイことってないんじゃない?と思うようになりました。
つまり、サボらないことが損害、怠業、妨害行為になってんじゃない?と。
そこらへんのことから、ブログに関することまでをちょっと一筆。

[要約]市場価値の生み方が変化する中、今までどおりの考えを「サボり」、自分が生み出す価値に集中する。


寝食を惜しんで働く→業務内容によるんじゃない?

世のほぼすべての仕事には締め切りがありますよね。
そういう意味で「サボり=締め切りを過ぎる=計画破綻」へと繋がるので、社会的な悪としてもサボりが厳禁みたいな風潮があるのだと思います。
常識的にも時間を守れないことはアウトだというのはわかります。
これは特に「モノをつくって数を上げて売りまくる」産業では重要なポイントになりますよね。
手作業で部品を取り付けたり、一手間かけて付加価値をつけたり、決められたことをこなすことで利益を上げる分野では、サボりはまず許されないことだと思います。

しかるに今、そういう仕事はどんどんコスト削減の対象になってます。
人件費の問題ってやつです。
オートメーション化、電子化が絶賛進行中ですが、日本ではある程度ブレーキをかけて調整しているように見えます。
そういう時期ならまだいいんですか、将来的にはそうは言っていられません。
コストを減らし利益を上げる手法が、世界中に存在するネットワークによって伝播し、仕事の形も変わります。それも加速度的に。
ある種の外圧、黒船としてのITが(いつからいわれてるんだろうか…)、今後ますます高度成長期の仕事観を(断絶ではなく)更新し続け、その変化に苦慮しているのが現状の日本社会なのだと思います。


仕事が変わる=価値観も変わる

時間をとにかくかけて、それ以外には目もくれない。
これが昔の社会人の理想像だったように思います。
それで成果が出て、利益が還元される構造ならいいのですが、今後はその成果の出し方・求める先が変わるのでは?と思います。
ある種の「会社依存で成果を出す=会社に帰属意識を持つ」ことが、あまり支持されなくなっていくのだと思います。

市場を生み出す主体が「組織と個人」という二つの仕手として成立しながら、両者の間で影響を与え社会的な価値を生み出していく。
これが、そう遠くない未来の社会人の主な価値観になっていくのだと思います。
(ほんとそうなってほしいけど…)
というか、それができないと、安い給料で海外の労働者と市場価値を争うか、保護を受ける立場にい続けるか。
そういう選択しかとれなくなるのではないかと考えています。
じゃあどうすりゃいいんでしょ?


社会や道徳という科目→社会的な価値を生む手法や思想、ツールを学ぶ科目への変化を望む

学校でプログラミングという、ある種の芸術的・創造的な分野を取り入れるという流れが非常に強まっています。

プログラミング教育実践ガイド|学校教育分野|教育の情報化

道具を使って何かを作り、価値を生む。
それと同時に、どう使えば危険なのかも学ぶ。
そういう授業が今後望まれるのだと思いますし、おそらくそうなって行くでしょう。
情報の仕手としての若者が、今後ますます増えていき、価値を生み出していく。
そのための一助として、自分もなにかを生み出していき、残していきたいものですが…

情報の流れが複雑化している昨今、リベンジポルノなど一度流失した情報が持つ意味、対処の不可能性を意識したネットワークへの関わり方を学ぶことは喫緊の課題です。
ただ、それよりももっと重要なことは、発信するということです。
発することに戸惑わないことが重要だろうということです。

これほど網の目の濃いネットワークの中で、自分となんら関わりの無い分野があるということは考えにくいことです。
ですが、こちらから参加しないかぎり、それは無いも同然なものでもあります。
使わなければ意味が無いものです。
故に、現実的な生活の場に不可視でありながら存在するその網の目のあることを、忘れて生きることは非常に勿体無いことです。
そうして、得られたはずのよすがを得られず、消えていく命はあまりにも惜しい。
だから、きっと自分の発信する何かは、誰かにとって価値があるということを信じて、発信を続けるべきだと考えています。
そして、その点をまさに今、社会人としていきている人が持つべき姿勢なのだと思います。


仕事を知ってる×食う寝る遊ぶを知ってる=破壊力

仕事しか知らない人、というのは本当なのでしょうか?
レジ打ちひとつとっても、POSレジのシステムから商品の流れ、帳簿計算、会社の利益の出し方、売れている商品の傾向、利用する客層の傾向とその変化、スキャナーからでる光の仕組みや意味などなどなどなど…
あげればきりが無いほど多くのことが繋がっていますが、それらすべてを知っている人は現実的にいないでしょう。
仕事を知る、という言葉はとんでもなく広く、深く、難しい。
それには業務に関する知識だけでは追いつきません。
食う、寝る、遊ぶ。
それらすべてが関わることですが、そんな事を意識して働いている人がどれだけいるでしょうか?
「これさえしていればいい」が「仕事ができる」ことには、今後ますますならなくなると思います。
故にあえて、業務一辺倒での価値創造という意識をサボり、遊んでみることにアレルギーを持たないで欲しいのです。


ブログは「仕事」と「食う・寝る・遊ぶ」をWEBでつなげるインターフェースに使えるか

価値の生み方は千差万別ある中、相互に影響を与えうる道具箱として、ブログは使えるのではないかと考えています。
いろんな人が、なんらかのコンテンツや思想を提供し、そのほとんどが無料で利用・使用できるブログという形。
そのブログを経由して、さまざまなオブジェクトが行き来できるような、「WEB上にある自宅」感覚で今後活用できればいいなと思います。(かぎの付いていないWEB HOUSE的な。)
「地上にある家の住所は○○で、WEBにある家の住所は○○です」みたいな…

壊れてもある意味どうでもいい場所があるというのは、結構大きいことではないでしょうか?(壊す気はありませんが…)
どうせは仮、ヴァーチャルな世界ですから、作るのも壊すのも自分次第です(※法令順守)。
そういうものにしていけたらなと思いながら、適当になんやかんやでやり続ける所存です。