宇宙大のなんやかや

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彼と此をてんやわんやで考える。

どうしようもない既卒のオレが就職活動を終えるまで-2・高校時代

トラウマは習性と習慣のたまもの

前回は中学卒業時での或る出来事とその影響を考えました。
幼少期の性のトラウマと、歪んだ願望が身に付くことによる、人生のハンドリングがとんでもないことになってしまったという一例でした。

今回はそれがどのように生活の中に波及したのかを考えて見ます。

 いじめ、ネクラ、童貞

上記のようなこと、つまり「親を孕ませ堕ろさせたという恐怖感(字面がやばすぎる…)」を抱えて生きていたわけですが、実際はそこまで過激なことはせず(実はそれがダメだった)、自分の思いを誰かに告白する勇気もありませんでした。
もし、誰かにそれがバレてしまえば、自分は家族から勘当され、すべてを失って野たれ死ぬしかない。
誰にも理解されない恐怖を抱えたまま、高校生として非常に歪んだ生活を送ることになりました。
こういう思いを、まさかクラスメイトの人間が持っているなんてことを、普通は想定できません。顧問も担任もそうでしょう。
今の自分でも、そんな子供がいてもまず見抜くことはできないはずです。
それ故、相互に理解するというコミュニケーションも成立しません。
恐怖心から心を開かず、勉強するにも身にならず、将来は絵描きとして無頼を気取り、破滅的に死んでいこうという感じでした。
あまりにも幼いロマンティシズムにはまり込んでいたので、友達もできず、テストは赤店ギリギリのラインを前後し(数学は0点をとったこともあります)、
女性に対しては性欲と恐怖と罪悪感の混合によるある種の敵愾心を持ち続けたため、結果的には「キモイ男」として存在していました。
クラスにとって、ある種の異物感を生む中、クラスメイトからは軽いイジメを受けるようになりました。

そういう状況から逃れようと、一時は運動部に所属し己を鍛えようという意識もありましたが、
当時流行していた2chまとめサイトwikipediaなどネットサーフィンに没頭し、
部活は一年も持たずに止めてしまい、学校から帰るとネットに入り浸る生活を送るようになりました。
そうして偏った知識に溺れながら、メビウスの輪をずるずる這い回り刹那的な生活を続けていました。
断続的に数日ほど学校をサボり、一人で自転車に乗り無目的に走り回ったり、映画館に行ったり、幼い頃に住んでいた場所までいってみたり、なんだかそれっぽいこともしていました。

そろそろ進路を決める時期である3年次では、「夢を追う体を取りながら、決して幸せにならずに破滅的に生きられそう」という感じで、
薄給激務で有名なアニメーターを目指し、真面目ぶったクズとして美術部に通いデッサンなどを勉強していました。
絵を描いている間は、妄念を忘れることができたので、精神衛生上はよかったのでしょう。
しかし、部員の女子の一人に好意を抱かれ、誘惑じみたこともされましたが、すべてを無視して閉じこもり、吐き気すら覚えるほどに何事も無く、平和に高校3年間を終えました。
その為、女性に対する触れがたい思いが屈折し、喪男をこじらせ続けることになります。

両親へは相変わらずそういった感情を告白することもなく、さも夢に向かって邁進しているかのように話し、全面的に応援してもらい希望をもった風を装いながら大学に進学しました。
大学受験はAO入試でありながら、2校受けて1校は落選、のこりの誰でも入れるようなところに受かり、表面では喜びながら「こんなものか」と錆びた諦観を覚えながら、
奨学金を申請し、ますます深みにはまることを選びました。
この時点で、超えがたい告白という境界を乗り越え、自己表現をしていれば、また違った結果になったのでしょうが、できませんでした。
失うことを恐れた故にです。
それが、結果的に多くのものを失うことになるとしても、選べないということはあるということです。

当時の自分がやるべきだったこと→思いっきり暴れる、旅をする

心にほの暗いものを抱えながら、それを暴露させることができない。
それは周りに対する信用のなさからくるものではないでしょうか?
こんな自分は決して受け入れてはもらえないという思いが、後一歩を踏み出すことをできなくさせているのだろうと思います。
結局、今の自分は一人では生きていけない、生活能力がないから。
だから、自分をひた隠しにしても周りを頼っていかなければならない。
それ故なのだろうと思います。

今の自分なら、部活や勉強は一切やめて、アルバイトをしてお金を貯めて、何ヶ月か旅にでることを選ぶと思います。
行き先は自由です。
まったく異なる環境に身をおいて、いままで依存してきた環境から逃れる経験ができればと思います。
確かに人は一人では生きられません。
しかし、一方で現在の環境でなければ生きていけないのかというと、それはまったくの別問題であり、町とそこに住まう人の数は想像を絶して多いのです。
その環境に執着する必要は本来なく、その場所が自分を保証し続けられるということもないでしょう。
ある意味これは、関係のリスクヘッジ冗長化といってもいいかもしれません。
そうして、旅先にある図書館で本を読んだり、宿の女将さんに話をするのもいいでしょう。
旅の恥は掻き捨てなれど、若いあなたのことをそこまで無碍に扱う人というのもあまりいないのではと思います。
リュック一つ、自転車一台、逃げの一手で外にでて、見たこともない景色を見、会ったことのない人と出会い、聞いたことのない話を聞けば、そこから始まる人生もあるかもしれません。

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