宇宙大のなんやかや

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宇宙大のなんやかや

彼れと此れとをてんやわんやで考える葦哉。

どうしようもない既卒のオレが就職活動を終えるまで-4・新卒

ごめんなさい。

前回は大学時代でのダメっぷり、喪男っぷりを考察ました。
いやぁ、暗い。暗いよ~。
しかし、まだまだ膿はでません。
うんとこしょ~、どっこいしょ~。そういう感じです。

今回は新卒でのアニメーター時代を考察します。
当時の先輩、上司の皆さんには謝罪しかできません…。

わからなさ、からっぽ、なにをやってんだ?

奨学金という借金を抱えながら、独居生活者としてアニメーターを個人事業主としてはじめました。
しかし、実際に制作に関わりながら、その成果をテレビで見ることはありませんでした。
関わった作品になんの興味もわきません。
作中でつむがれる表現に対し、自分は非常に淡白でした。
そこには希望がなかったのです。
自分も超えられる、乗り切れるといった前向きな感情を持てませんでした。
くだらない日常の表現も、どうでもよかったのです。

人間は幼さゆえに恐怖し、その記憶を保ちながら、やがてはそういった姿勢を習慣とし、周りに対する判断の軸として使われるようになります。
それは視野として機能し、自分の行く末を決めることとなります。
そうして生活は、一つの頼りない線として描かれ、より強い線によって塗りつぶされていきました。
自分を塗りつぶしたのはシステムでした(!?)。
まわりの人間も塗りつぶされていき、自分も回りも一緒だなという腐った連帯感をもたらしました。

しかし、それも長くは続きません。
必然的に心を折ることになります。
一年と持たず、自分はその職を辞することにしました。
なにせ、根が張られていないのですから、いくら茎が伸び立派な実を結んでいるように見えても、赤子ほどの膂力でさえ、なんらの抵抗もできず身を屈することになります。

なぜ、自分が生きているのかを考えました。
結局、一度すべてを告白し、それを経てゼロベースで新たに何かを感じ考え、生きていきたいという願望があることが見えました。
しかし、すでに自分は新卒のカードを切り、つぶしの利かないアニメーターとして就職し、離職しています。さぁ、どうしましょう。
他の業種への関心も無く、超えるべき一線もこえずに何かを考えても、そこに意味も価値も考えられません。
こうした屈折した人間が独自になにかを創作し、一部の人間の共感を得て、それによりマネタイズできればと考え、個人的な創作者としての人生をもくろみ、
自己の妄念に浸りながら、知に足の着かない生活者となりました。
あまりにも成長や反省がありません。

当時の自分がやるべきだったこと→一刻も早くアニメーターをやめる

自分にとって、作中に描かれた人物は創作であっても架空ではないと感じています。
二次元の内にあって生きている、ただの生活者たちです。
そういう生活者にたいして、自分のありようはあまりに無様で申し訳ない感じがします。
当時関わった作品と、その中で生活するすべてのキャラクターに対して謝罪します。
申し訳ありませんでした。

アニメーションは生命を生むという考えがありますが、自分にとっては生活を生むということなのです。
そこに次元の分別はありません。
ほの暗い罪悪感を抱え、刑罰として(?)仕事をこなす自分は、一刻も早くそうした生活行為から離れ、自分の生活を見直すべきでした。
とにかく、当時の自分はアニメーションから離れるまでの一年間、グズグズとくすぶっていました。
しかし、ここで「いままで自分の夢であるとひっつかんでいた別のなにかを手放したことは、一つの進歩だったのだと言えると思います。

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